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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)650号 判決

原告(反訴被告・以下「原告」という) 東伸商事株式会社

右代表者代表取締役 赤星昭

右訴訟代理人弁護士 田中盈

被告(反訴原告・以下「被告」という) 株式会社 丸証

右代表者代表取締役 木村成卓こと 朴成卓

被告 木村城こと 金承煜

右両名訴訟代理人弁護士 中村文也

同 伊藤正一

同 久保哲男

右訴訟復代理人弁護士 吉川晋平

主文

一  原告の被告らに対する本訴請求をいずれも棄却する。

二  原告は、被告株式会社丸証から金四五三九万五八二五円の支払を受けるのと引換えに、同被告に対し、別紙目録記載の土地建物につき昭和四七年一二月九日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴)

一  原告(請求の趣旨)

1 被告らは、原告に対し、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明渡し、かつ、各自昭和四七年一二月九日から右明渡ずみまで一か月金六〇万円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決及び仮執行の宣言。

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

(反訴)

一  被告会社(請求の趣旨)

主文第二、第三項と同旨の判決。

二  原告(請求の趣旨に対する答弁)

1 被告会社の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

旨の判決。

第二当事者の主張

(本訴)

一  原告(請求原因)

1 原告は、昭和四七年一二月九日被告会社に対し、原告所有の本件土地建物を次の約定にて売渡し(以下「本件売買契約」という。)、その引渡をした。

(一) 代金は金五二〇〇万円とし、内金一二〇〇万円を契約金として即日支払う。

(二)(1) 残代金四〇〇〇万円(以下「本件残代金」という。)は、本件建物に対する訴外前田建設工業株式会社を権利者とする抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)の抹消後支払う(本件売買契約について作成された契約書中の代金の支払方法を定めた第五条には、「残金四〇〇〇万円也前田建設工業(株)抵当権仮登記抹消後農協ローン」なる記載がある。しかしながら、これは、被告会社から、本件残代金の支払について充分な資力はあるが税金対策上農協ローンを利用するような形にしてもらいたい旨の申出を受けて記入したにすぎないものであるから、本件売買契約において何ら重要な意味を有するものではない。)。

(2) (仮に(1)が認められないとしても、)

本件残代金は、本件仮登記抹消後、被告会社が訴外神奈川県信用農業協同組合(以下「訴外農協」という。)に対し融資の申込をなし、同農協からの融資を利用して支払う。

(3) 本件残代金の完済と同時に本件土地建物の所有権移転及びその登記手続をする。

(三) 本件残代金のうち金二〇〇〇万円を、中間金として、本件仮登記の抹消及び訴外農協からの融資とは無関係に被告会社に余裕の出来次第支払う。

2(一)(1) 本件仮登記は昭和四九年二月二五日抹消されたので、同日本件残代金の弁済期が到来した。

仮に右主張が認められないとしても、本件残代金の弁済期は、遅くとも同年三月末日に到来した。

蓋し、前記1(二)(2)の約定は、右弁済期が本件仮登記抹消後、訴外農協からの融資の成否確定に要する相当期間を経過した時に到来するものとする不確定期限の定めと解すべきであり、かつ、右融資確定に要する期間は一か月を相当とするところ、右仮登記は昭和四九年二月二五日に抹消されたからである。

(2) 被告会社は、前記各弁済期が到来した頃それを知った。

(二)(1) 原告は、次のとおり本件残代金支払の催告、自己の債務の履行の準備をなしたことの通知、その受領の催告及び条件付契約解除の意思表示をした。即ち、原告は、被告会社に対し、「本書面到達後一週間以内に本件残代金を支払え。被告会社において残代金の支払日時を指定すれば、原告は、その日時に本件土地建物の所有権移転登記に必要な書類を持参して横浜地方法務局へ出頭する。右指定がなくとも、原告は、催告期間満了日の午前一〇時三〇分に履行の準備をして同法務局へ出頭する。被告会社において右支払をなさないときは、本件売買契約を解除する。」旨の昭和四九年四月二五日付内容証明郵便を発し、同書面は、翌二六日被告会社に到達した。

原告は、本件仮登記の抹消直後から被告会社に対し度々本件残代金の請求をなしたが、被告会社の態度からしてその支払を期待することができなかったので、右内容証明郵便を発したものであって、右催告期間は相当な期間である。

(2) 原告は、被告会社から何らの連絡も受けなかったので、前記催告期間末日の翌日である昭和四九年五月四日(同月三日は祭日で法務局が休みであった。)午前一〇時三〇分本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な一切の書類を持参してその所轄登記所である横浜地方法務局に赴いたが、被告会社は来局しなかった。

(三) よって、本件売買契約は、昭和四九年五月四日前記解除の効力が生じ消滅した。

3 被告金は、昭和四七年一二月九日から本件建物を占有している。

4 本件建物の同日以降の賃料は一か月金六〇万円を相当とする。

5 よって、原告は、被告会社に対し、契約解除による原状回復請求権に基づき、本件建物の明渡及び同建物引渡の日である昭和四七年一二月九日から解除の効力が生じた昭和五〇年五月四日まで不当利得金として、同月五日から右明渡ずみまで損害金として、いずれも一か月金六〇万円の割合による賃料相当の金員の支払を求め、被告金に対し、所有権に基づき、本件建物の明渡及び同建物の占有開始の日である昭和四七年一二月九日から右明渡ずみまで一か月金六〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実のうち、(二)(1)(2)、(三)の事実は否認し、その余の事実を認める。

本件残代金は、本件仮登記抹消後被告会社において訴外農協に融資の申込をなしてその借入金により支払い、右融資を受けることができなかったときは、その支払方法時期について原告と被告会社との間で協議して定めることを本件売買契約の際に約した。同時に、その場合は被告会社の支払える範囲内(当時の話合で月額金一〇〇万円位)の割賦払とする旨の合意も成立した。即ち、

被告会社は、本件売買契約当時その取引先である訴外鎌倉信用金庫に金四〇〇〇万円の融資の申込をなし、その承諾を得ていたので、原告に対し、即金取引を希望し、その代り販売価額も金五〇〇〇万円に引下げるよう申入れた。これに対し、原告から、前田建設との間に紛争があり本件仮登記が存在している旨告知されたので、即金取引の話は打切り本件の如き売買契約となった。

ところで、本件売買契約直前の金融情勢は、「金」がだぶつき金融機関の方で適当な借手を探す程であった。それで、原告は、同人の取引先である訴外農協から被告会社において融資を受けることを希望すると共に、右農協に金五〇〇万円の定期貯金をすれば(但し、被告金個人名義で積立て同農協の準組合員ということにすること)、提携ローンもあることであるから、金四〇〇〇万円の融資は絶対に間違いないと説明した。被告会社は、本件売買契約前、契約条項を検討するため、原告から契約書を預り、被告会社の顧問弁護士に各条項を検討してもらったが、その際、同弁護士は、訴外農協からの融資が得られない場合を考えて、契約書の末尾に鉛筆で、「第五条に規定する乙が、農協ローンが得られない場合には双方協議の上代金支払方法を定める。」と記載した。被告会社は、本件売買契約書作成の際、原告に右協議条項の記入を求めたところ、訴外農協の内部事情に詳しい原告が、「農協ローンで必ず金四〇〇〇万円借入できる。万一の場合は貴社の申入れの便宜を計らう。」と断言するので、特に右条項を設けなくとも口頭の約束があり、それに一般取引通念上当然のことと考え、契約書にその旨を記載しなかった。そこで、更に、被告会社が原告に対し、「万一農協ローンによる借入が得られなかった場合、被告会社は毎月金一〇〇万円位宛の割賦払を希望するがどうか。」と問い質したところ、原告は、「訴外農協に金五〇〇万円の定期貯金をすれば、原告や被告会社の信用状態及び原告の保証により必ず借入できるので心配はない。それでも借入できないときは、被告会社の申出に従い、同被告会社の支払えるようにする。」と答えたので、被告会社は、原告と本件売買契約を締結したものである。なお、農協ローン(融資)の中には、住宅ローン(返済期間は一〇年から一五年、最高額金二〇〇〇万円、担保として定期貯金は不要であって買取る物件に抵当権を設定すればよいもの)、住宅資金貸付(返済期間は五年以内、担保として定期貯金等の積立を要するもの)及び提携ローン(マンション等の売主側と銀行間で、買主側に向けて銀行が融資することを予め承諾するもの。この場合、売主が買主の連帯保証人となる。)の三種類があり、本件売買契約当時はこれを重複して融資を受けることができたが、昭和四九年四月頃は大蔵省の指示により原則としてそのどれか一つに限られるようになったものである。

2(一) 同2(一)の事実のうち、本件仮登記が原告主張の日に抹消されたことは認めるが、その余の事実を否認する。

本件残代金の弁済期は未到来であった。即ち、右弁済期は、原告と被告会社との間の前記合意により、訴外農協からの融資が不成立となった場合には、原告と被告会社との間において相当期間協議しなければ到来しないものである。仮に右合意がなかったとしても、本件のようにある金融機関から借入して支払をすることを予定している売買契約にあっては、その金融機関からの融資が不成立となった時点ではなく、他の金融機関からの融資の可能性を調査するために、売買当事者は信義誠実に協議し、その協議が整わない時点をもって弁済期の到来とすべきである。ところで、被告会社が、訴外農協から金四〇〇〇万円の融資を得られないと判明した直後の昭和四九年四月二五日原告に対し本件残代金の支払方法について協議の申入れをしたのに対し、原告はこれに全く応じなかった。従って、本件残代金の弁済期は、同月二五―六日は勿論、原告において解除の効力が生じたと主張する同年五月四日にも未だ到来していないものである。

(二) 同(二)の事実のうち、原告主張の書面がその主張の日に被告会社に到達したこと及び被告会社が原告主張の日に横浜地方法務局に出頭しなかったことは認めるが、その余の事実を否認する。

仮に本件残代金の弁済期が到来したとしても、一週間の催告期間は不相当であって、催告としての効力はない。即ち、原告は、昭和四九年三月三〇日以前に被告会社が訴外農協から融資を得ることができないことを知りつつ、これを秘して、やがて来る連休を目当に被告会社に訴外農協と融資の交渉をさせて同年四月二五日まで時間を浪費させ、その後直ちに被告会社宛に催告期間を一週間とする内容証明郵便を発した。ところで、被告会社において他の金融機関から融資を受けるにしても、本件のように高額な融資の申出に対しては、金融機関はその本店の稟議を経ねばならないから、一週間位の期間では全く足りないのみならず、原告の催告期間は、いわゆる連休にかかっていて休日が三日、半休日が一日あり、金策が特に困難な時期であった。かように、他の金融機関からの融資を受けることができないような時期を殊更選んでなした原告の催告は著しく不誠実であり、一週間とした催告期間は相当ではない。

(三) 同(三)の主張は争う。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は否認する。

三  被告ら(抗弁)

1 仮に本件残代金の弁済期が到来していたとしても、被告会社が催告期間満了日までに履行しなかったのは、次のとおり被告会社の責に帰すべからざる事由に基づくものである。即ち、

原告は、本件売買契約に際し被告会社との間で、被告会社による訴外農協への融資の申込は本件仮登記の抹消後なすこととし、本件仮登記は昭和四八年一月遅くとも同年三月には抹消するという取決めをなした。本件仮登記が右約定の時期に抹消されていれば、被告会社は、訴外農協から金四〇〇〇万円の融資を受け本件残代金を支払うことができたが、その後の金融引締のため、その抹消後である昭和四九年三―四月頃には金四〇〇〇万円全額の融資を得ることができなくなってしまった。このような事情にありながら、原告のなした催告期間が信義則に反する不相当なものであったことは、前記のとおりである。

2 仮に1の主張が認められないとしても、原告による本件売買契約の解除は、1の事情及び次の事情により権利の濫用として無効である。

被告会社は、原告が約束した昭和四八年一月ないし三月に本件仮登記が抹消されれば、すぐに訴外農協へ融資の申込ができるように定期貯金のための金五〇〇万円を用意していたところ、原告は、同年四月二日「本件仮登記の抹消は今のところできないが、約定どおり抹消されていれば訴外農協へ金五〇〇万円を定期貯金として積立てていたのであるから、右貯金をして農協ローン金四〇〇〇万円が得られたものとして金五〇〇万円を貸して欲しい。本件土地建物の所有権移転登記をしてもよい。右金五〇〇万円は、農協ローンを申込むための定期貯金をする必要がでてきたときに返済する。」と被告会社に金員借用方を申込み窮状を訴えたので、本件土地建物が是非とも欲しかった被告会社は、金五〇〇万円を無利息で原告に貸与した。

本件仮登記は、昭和四九年二月二五日になって抹消登記がなされ、被告会社は、同年三月一二日頃原告から右事実を告知された。そこで、被告会社は、同月三〇日原告から金五〇〇万円の返還を受け、同日訴外農協にこれを被告金名義で定期貯金として積立て、金四〇〇〇万円の融資の申込をなした。その後、被告会社は、同年四月中三回に亘り訴外農協に赴き交渉したところ、訴外農協は、「現在金融が逼迫していて、取引の実績のない者には金二〇〇〇万円の融資しかできない。但し、昭和四八年三月頃に金五〇〇万円の定期貯金をしていれば取引の実績ありということで金四〇〇〇万円の融資は可能であった。」と回答し、結局訴外農協からは金二〇〇〇万円の融資しか得られないことが昭和四九年四月二四日最終的に判明した。そこで、被告会社は、残金二〇〇〇万円の支払方法について協議すべく、翌二五日原告と会い、右金二〇〇〇万円について毎月金一〇〇万円宛二〇か月に亘って支払う旨申入れる等具体的な提案をした。

このように、被告会社が話合によって支払う意思があるにも拘らず、原告は、本件残代金の支払方法の協議を避けただけでなく、理不尽にも、本件残代金のほかに約旨に存しない利息金四一四万四八六三円等を支払えと一方的に主張し、しかも、金策が著しく困難な時期を選び、催告一週間後に弁済期を定めるという非常識な方法で、もし、右金員を支払わない場合は本件売買契約を解除すると被告会社に通告したのである。ところで、訴外農協からの融資額が金二〇〇〇万円となった責任は全面的に原告にあり(原告の見通しの甘さ即ち過失によって本件仮登記の抹消が約定より一年も遅れたため、金四〇〇〇万円全額の融資が得られなくなった。)ながら、原告がこのような信義に反する一連の行動をとったのは、自己の責任を被告会社に転嫁し、最近の土地建物の高騰に乗じ本件土地建物を他に転売して不当な利益を得んがため、あるいは、被告会社代表者朴成卓及び被告金が韓国人であるという理由から、本件売買契約を解消しようという意図によるものである。

仮に、本件売買契約当時、原告と訴外農協との間に右農協からの融資は金二〇〇〇万円を限度とする旨の協定があったとすると、本件残代金を訴外農協からの融資を得て支払う旨の約定は当初から履行不能となる可能性を有していたのであるから、原告は、被告会社に右事実を告知する義務があったところ、それを告知しなかった。従って、本件売買契約は、原告において当初から履行不能となることを予期して締結したものであって、かような原告の行為が信義則に反するものであることはいうまでもない。

3 被告金は、昭和四七年一二月九日被告会社から本件建物を賃借した。

四  原告(抗弁に対する認否)

1 抗弁1の事実のうち、昭和四八年末のいわゆる石油ショック後金融引締があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同2の事実のうち、原告と訴外農協との間に主張の協定があったこと、昭和四九年四月二五日原告と被告会社が本件残代金の支払について協議し不調に終ったこと及び被告会社代表者朴及び被告金が韓国人であることは認めるが、その余の事実を否認する。

3 同3の事実は不知。

(反訴)

一  被告会社(請求原因)

1 本訴における被告会社主張のとおり、本件売買契約は有効に存続している。

2(一) 被告会社は、昭和五一年四月七日原告に対し、本件残代金元利合計金四五三九万五八二五円を弁済のため現実に提供した。

(二) 右利息五三九万五八二五円は、被告会社が、昭和四九年五月一日訴外農協から、金四〇〇〇万円を、同月末日より昭和五二年八月末日まで毎月末金一〇〇万円宛の均等弁済及び年利九・二五パーセントの約で借り入れたと仮定した場合、昭和五一年四月末日までに被告会社が右農協に支払うべき利息である。

3 よって、被告会社は、原告に対し、被告会社から金四五三九万五八二五円の支払を受けるのと引換えに、本件土地建物につき昭和四七年一二月九日売買を原因として同被告に所有権移転登記手続をなすことを求める。

二  原告(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実は否認する。

2 同2(一)の事実は否認し、同(二)の事実は不知。

三  その他の主張及び認否

被告会社及び原告とも本訴における主張及び認否を援用する。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴請求についての判断

1  原告が、昭和四七年一二月九日被告会社に対し、原告所有の本件土地建物を、代金五二〇〇万円、内金一二〇〇万円を契約金として即日支払う、残代金四〇〇〇万円(本件残代金)の完済と同時に本件土地建物の所有権移転及びその登記手続をするとの約定で売渡し(本件売買契約)、その引渡をしたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、被告会社が本件残代金の支払を遅滞したことにより本件売買契約は有効に解除された旨主張するので、まず、右残代金の弁済期について検討する。

原告は、本件仮登記の抹消登記がなされた時右弁済期が到来する旨主張し、《証拠省略》中には右主張に副う部分があるが、後掲各証拠に照らし措信しえず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、本件仮登記抹消後訴外農協からの融資の成否確定に要する相当期間が経過した後右弁済期が到来する旨主張するが、後記認定事実に照らし措信しえず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

却って、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

被告会社の代表取締役である被告金は、昭和四七年一一月下旬本件土地建物の購入を希望して原告代表者である赤星昭と面会し、その説明を受けたが、その際、同人から売買代金は金五四〇〇万円である旨告げられたので、即金で支払うから金五〇〇〇万円に値下げするよう求めた(当時、被告会社は、本件土地建物を購入するため、その取引先である鎌倉信用金庫に融資の申込をなしていた。)ところ、赤星は、原告と前田建設工業株式会社との間に紛争があり、本件仮登記が存在している旨を告げ、結局即金取引の話は打切られた。その折、赤星は、本件土地建物を購入するに際しては訴外農協の融資を利用することができる旨説明した。次いで、被告金及び被告会社代表者朴成卓は同年一二月七―八日赤星と面会し、同人との間で、売買代金は金五二〇〇万円とし、内金一二〇〇万円を契約金として支払い、残代金を赤星の勧める通り本件仮登記抹消後訴外農協の融資を利用して支払うこととした(原告は、昭和三七年頃から訴外農協と取引関係があっただけでなく、本件建物を含む地下一階付八階建のマンション〔以下「本件マンション」という。〕は、赤星が神奈川県信用農業協同組合連合会から約金三億円の融資を受けて建築したものであって、原告と訴外農協との結び付きは強かった。そして、本件売買契約当時は、金融が大幅に緩和されていて金融機関は貸付先を積極的に探していた。)。そこで、朴は、契約条項を検討するため、契約書(乙第一号証。売買代金の支払方法に関する第五条は、中間金欄の金額・年月日及び残金欄の年月日の各部分が抹消され、残金欄には、「四〇〇〇万」「前田建設工業(株)抵当権仮登記抹消後農協ローン」と記載されていた。)を赤星から預った。朴は、同月九日被告会社の顧問弁護士である訴外中村文也に右契約書の検討を依頼したところ、同弁護士は、それを逐条ごとに検討し問題点を指摘した上、鉛筆を用いて、第五条については、訴外農協からの融資が不成立となった場合を慮り、右契約書の末尾に「特約2 第五条に規定する乙(被告会社)が農協ローンが得られない場合には双方協議のうえ代金支払方法を定める。」と記載し、登記関係に関する第一〇条及び工事の瑕疵担保に関する第一六条についてはその字句を訂正し、租税等の負担区分に関する第一三条については末尾に「日割計算で算出する。」と加筆した。朴と被告金は、同日右契約書を持参して赤星のところへ赴き、中村弁護士から問題点を指摘された各条項について双方の契約書(甲第二号証、乙第一号証)の加算訂正を赤星に求めた。これに対し、同人は、第一〇条及び第一六条については中村弁護士が訂正したとおりに訂正し、第一三条についてはもとの文面のままで日割計算で算出することが分るとしてそのままとし、前記特約2については、「訴外農協に被告金名義で金五〇〇万円の定期貯金をすると共に三―四〇万円の出資金を払込めば、原告及び被告会社の信用状態(訴外農協は、本件売買契約成立前被告金の取引先であった訴外駿河銀行横浜支店に対し、被告金が金四〇〇〇万円の物件を購入して割賦弁済する場合その資力があるかどうかについて照会を行ない、右支店からその資力がある旨の回答を得ていた。)並びに原告の保証により必ず訴外農協から金四〇〇〇万円の融資を受けることができる。右融資が不成立の場合、特約2に記載してあることは当然のことであって明文化する必要はない。明文化しなくとも約束は守る。」と断言し、特約2は明文化しなかった(尤も、乙第一号証に記載の特約2は抹消されなかった。)。朴と被告金は、右各条項についての赤星の措置を了承し、ここで、原告と被告会社は契約書二通に調印し、それが正式な契約書となった。

右事実によると、本件残代金は、被告会社において訴外農協から融資を受けて支払うこととするが、もし、右融資を受けることができなかった場合は原告と被告会社が協議をしてその支払方法(弁済期を含む。)を定める旨約したものと推認される。よって、被告会社において訴外農協からの融資が得られなかった場合、原告あるいは被告会社は、直ちに相手方に対し、本件残代金の弁済期その他の支払方法を確定するため協議の申入れをする権利があり、相手方はこれに応じてその支払方法を定める義務があるというべきであるから、債務者である被告会社の右協議の申入れに対し、債権者である原告が直ちにこれを拒絶し弁済期その他の支払方法を合意決定しえなかった場合といえども、その時に弁済期は到来するというのではなく、協議申入後支払方法を確定するための相当期間を経過してから弁済期が到来するものと解するのが相当である。

ところで、昭和四九年三―四月当時の厳しい金融引締政策の影響で訴外農協からの融資限度額が金二〇〇〇万円と最終的に判明したのが同年四月二三―四日であること及び被告会社が同月二五日本件残代金の支払方法に関する協議を原告に申入れたのに対し、原告がこれに応ずる意思を全く有していなかったことは、後記5のとおりであるところ、金二〇〇〇万円について訴外農協の融資を受けるとしても、当時の金融情勢の下で他の金融機関から残りの金二〇〇〇万円という高額の融資を得るための交渉や借入手続等に要する日数を斟酌すると、本件残代金の支払方法について協議するためには少なくとも三〇日間を要するものと解するのが相当である。従って、本件残代金の弁済期は同年五月二四日に到来するといわねばならない。

被告らは、訴外農協からの融資が得られなかった場合被告会社が支払える範囲内の割賦払(月額金一〇〇万円位宛)とする合意が成立した旨主張し、《証拠省略》中には右主張に副う部分があるが、にわかに措信しえず、他に同主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  そこで、本件売買契約解除の効力について検討する。

(一)  原告が被告会社に対し、「本書面到達後一週間以内に本件残代金を支払え。原告は、被告会社において右残代金の支払日時を指定すれば、その時に本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な書類を持参して横浜地方法務局へ出頭する。右指定がなくとも、催告期間満了日の午前一〇時三〇分に履行の準備をして同法務局へ出頭する。被告会社において右支払をなさないときは、本件売買契約を解除する。」旨の昭和四九年四月二五日付の内容証明郵便を発し、同書面は翌二六日被告会社に到達したこと及び被告会社の関係者が同年五月四日右法務局に出頭しなかったことは、当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によると、右催告期間内に被告会社から何らの連絡もなく、催告期間の末日である同月三日が休日で法務局が休みであったことから、赤星は、翌四日本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な一切の書類を持参して所轄の横浜地方法務局へ赴いたが、前記のとおり被告会社の関係者は出頭しなかったことが認められる。

しかしながら、前記2のとおり本件残代金の弁済期は同月二四日であって、右書面が被告会社に到達した同年四月二六日には勿論催告期間の満了日である同年五月四日にも未だ弁済期が到来していないのであるから、前記売買契約解除の意思表示は、その効力を生じないことが明らかである。

また、《証拠省略》によると、昭和四九年五月四日当時本件建物につき原因昭和四七年七月二〇日金銭消費貸借の同日抵当権設定契約、債権額金四〇〇〇万円、債務者赤星、抵当権者訴外農協とする同月二一日付の抵当権設定登記が存在していた(これは昭和五〇年五月二六日弁済により抹消された。)ことが認められる。従って、原告が昭和四九年五月四日になした履行の提供は債務の本旨に従ったものということができないので、この点からしても解除は無効というべきである。

(二)  なお、解除権者が訴を提起し、契約解除による効果の実行を求めた場合には、当該訴状が相手方に送達された時に契約解除の意思表示があったものと解すべきである。

ところで、原告が、本件売買契約の解除を原因として被告会社に本件建物の明渡等を求める本訴を昭和四九年五月九日に提起し、右訴状が同月一五日被告会社に送達されたことは、訴訟記録上明らかであるけれども、前記のとおり、本件残代金の弁済期は右送達後の同月二四日に到来するのみならず、右送達時に債務の本旨に従った履行の提供もなされていないのであるから、本訴状の送達により前記解除の効力が発生したものと解することはできない。

しかし、原告が、被告会社に対する本件建物明渡等の本訴を継続維持していることにより、同被告に対する本件売買契約解除の意思表示を黙示的・継続的になしているものと解されるところ、商人間の売買においては、その性質上契約関係が迅速に処理されることを要するから、債務者に履行の意思がないことが明確であり、債権者が所定の催告をなしてもその効果がないことが明確な場合には、債権者は催告を要せず直ちに契約を解除しうるし、また、双務契約の当事者の一方が自己の債務を履行しない意思を明確にした場合には、相手方が自己の債務の弁済の提供をしなくても、右当事者の一方は、自己の債務の不履行について履行遅滞の責を免れることができないものと解するのが相当である。

ところで、本件売買契約の当事者である原告及び被告会社はいずれも商人であるが、《証拠省略》によると、被告会社は、本件残代金について訴外農協からその融資が得られない場合は昭和四九年五月以降毎月末日金一〇〇万円宛分割して右代金を支払うとの約定が本件売買契約の際原告との間に成立したとして、同年八月一七日に同年五月ないし七月分として金三〇〇万円を、同年九月二日に同年八月分として金一〇〇万円を、同年一一月二二日に同年九月及び一〇月分として金二〇〇万円をそれぞれ供託したことが認められるけれども、前記2のとおり、本件残代金の弁済期は昭和四九年五月二四日に到来したのであって、右分割払の約定が成立した事実は認められないのである。

右事実によると、商人間の売買において、被告会社は、供託を開始した同年八月一七日に本件残債務を一時に支払う意思のないことを明確にしたものと言い得るから、同被告は、右債務の弁済期の後である同年八月一七日に履行遅滞に陥ったこととなる。従って、前記本訴の継続維持による解除の意思表示は同日その効力を生ずるに至ったものというべきである。

4  被告らは、前記債務不履行は被告会社の責に帰すべからざる事由に基づくものであるから、契約解除は無効である旨主張するが、被告会社の債務は金銭債務であるところ、民法第四一九条第二項により金銭債務については不可抗力をもって債務不履行責任を免れることができないのであるから、被告らの右主張は失当である。

5  進んで、右解除権の行使が権利の濫用として無効であるか否かについて検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(1) 原告は、前田建設工業株式会社との間で昭和四五年八月本件マンションの建設工事請負契約を締結したのであるが、その工事代金の支払に関して紛争があり、同会社は、原告に対する仮登記仮処分命令を得て昭和四七年五月一日本件仮登記(原因昭和四六年七月一日工事残代金債務弁済契約の同日設定契約、債権額金八〇〇〇万円)を経由した上、原告に対して手形金八〇〇〇万円(右工事残代金)の支払を求める手形訴訟及び右工事代金の遅延損害金等約三三〇〇万円の支払を求める訴訟を各提起し、同年九月一三日には原告に対し右金八〇〇〇万円の支払を命ずる手形判決が言渡された。

その後、同年一二月九日の本件売買契約の締結に際し、被告会社が本件仮登記はいつ抹消されるのかを確認したところ、原告は、同年八月七日建設省計画局建設業課に対し前田建設工業株式会社を相手方とする建設工事紛争調停の申立をなしていたこと等から、遅くとも昭和四八年三月中には本件仮登記が抹消される旨被告会社に確答した。しかしながら、右仮登記は同年四月に入っても抹消されなかったのみならず、原告は、「前田建設工業株式会社との紛争が長引き資金繰に困っている。被告会社に本件土地建物の所有権移転登記手続をしてもよいから、金員を貸与して欲しい。」旨被告会社に申入れた。これに対し、被告会社は、本件仮登記の抹消後訴外農協から金四〇〇〇万円の融資を得るにあたり定期貯金として積立てるべく用意していた金五〇〇万円を、右積立の際に、返済を受けるという約束で、同月二日原告に無利息で貸与した。

ところで、昭和四七年一二月当時は金融が大幅に緩和されており、昭和四八年一月三〇日に大蔵省銀行局の「金融機関の土地取得関連融資の抑制について」と題する通達により金融引締が指向され、同年四月中旬長期金利の引上があったものの、まだ金融経済情勢は比較的緩かであり、被告会社が同月中に訴外農協に融資の申込をしていれば、金四〇〇〇万円の融資を得られる可能性が大きかった。

(2) 本件仮登記は昭和四九年二月二五日に抹消され(この事実は当事者間に争いがない。)、被告会社は、同年三月一二日過ぎ頃右事実を原告より告知されたので、直ちに原告に前記金五〇〇万円の返還を求め、同月三〇日その返還を受けた上(同日被告会社が原告から金五〇〇万円の返還を受けたことは当事者間に争いがない。)、本件売買契約締結の際赤星から指示されたとおり、同日訴外農協に被告金名義で金五〇〇万円の定期貯金をなして金四〇〇〇万円の融資の件について相談したところ、決算期で忙しいので、翌四月初旬に来るよう求められた。そこで、被告会社の代表取締役である朴は、同月七―八日訴外農協の業務課長で融資担当の訴外浅田真守に口頭で金四〇〇〇万円の融資の申込をなしたところ、同人は、検討するので一週間後に来るようにと答えた。朴は、同月中旬訴外農協へ赴くと、浅田が、「金融引締が非常に厳しいので、従来訴外農協と取引関係のない者には住宅ローンの金二〇〇〇万円しか融資できない。」と回答したので、同人に対し金四〇〇〇万円の融資を強く要請したところ、同人は、もう一度検討するので一週間後に来るようにと答えた。朴は、同月二三―四日訴外農協へ赴いたが、浅田の回答は前回と同じであり、結局訴外農協からは金二〇〇〇万円の融資しか得られないことが判明した。

かくして、朴は、本件残金の支払方法について協議するため同月二五日原告の代表取締役である赤星に会い、訴外農協との交渉の経過を説明した上、本件残代金の内金二〇〇〇万円については訴外農協から融資を受けて支払い、残金二〇〇〇万円については手形により月額金一〇〇万円位宛の割賦払とし所定の利息を付加する旨提案した。これに対し、赤星は、「訴外農協から融資を受けることが不可能となったので、本件売買契約書第五条(売買代金の支払方法)から農協ローンなる字句を削除する。被告会社は、原告に対し、本件残代金のほかに原告が金融機関に支払った利息金四一四万円余及び昭和四八年度分固定資産税金二〇万円余等を昭和四九年四月中に支払う。被告会社がに違反した場合、原告は直ちに本件売買契約を解除することができる。」という内容の同年三月三〇日付の覚書を示し、これに被告会社の調印を求めた(なお、右利息及び固定資産税は当初の約定にない支払を求めるものであった。)。

(3) ところで、昭和四八年一〇月にいわゆる石油危機があり、金融引締基調が強まったが、大蔵省銀行局は、同年一二月二五日金融機関に対し、融資にあたっては優先的に扱うべきものと抑制的に扱うべきもの(高級マンション購入資金に対する融資等もこれに入る。)とがあることに留意してこれをなすようにとの通達を出し、次いで、金融引締がまだ十分に浸透していないとして、昭和四九年二月二八日更に一段と厳しい融資の抑制を求める通達を出しており、同年三月ないし五月当時は、融資とりわけ本件建物のような高級マンションを購入するための融資等を受ける者にとっては非常に厳しい金融経済情勢であった。

赤星は、本件仮登記の抹消後訴外農協に本件土地建物の購入資金の融資の件について尋ねたところ、従来訴外農協と取引関係のない者には金四〇〇〇万円全額の融資が困難であることを知ったが、本件土地建物の価値が本件売買契約当時より大幅に(五割強)高騰しており、また朴及び被告金が韓国人である(右両人が韓国人であることは当事者間に争いがない。)ところ、本来は韓国人には本件マンションを売却しない原告の方針であったことから、被告会社において訴外農協から金四〇〇〇万円全額の融資を得るのが困難な状況にあることを奇貨として、本件売買契約を解消しようと企図した。

そこで、赤星は、被告会社に右融資の見通しを告げないまま前記五〇〇万円(被告会社が訴外農協から融資を得るため定期貯金として積立てるべき金員)を同年三月三〇日被告会社に返済すると共に、同日前記(2)の覚書を作成した。そして、朴が、同年四月二五日赤星に本件残代金の支払方法について協議を申入れ、訴外農協との交渉の経過を説明し、融資を得られない金二〇〇〇万円の支払方法について具体的提案をしたところ、赤星は、右覚書を示して被告会社の調印を求め、朴がこれを拒否するや、同日被告会社に対し、前記3(一)の内容証明郵便を発して本件残代金の支払の催告(この催告期間の一週間には休日が三日、半休日が一日あり金策に使用しうる実日数は半分しか存しない。)及び条件付契約解除の意思表示をなし、次いで、二週間後の同年五月九日本訴を提起したものである。

(二)  右事実と前記2、3(一)の事実を総合すると、次の事柄が明らかである。即ち、被告会社は、本件売買契約成立時の約定に従い、本件仮登記が抹消された後訴外農協から金四〇〇〇万円の融資を受けるべく真摯な努力を重ね、右融資が金二〇〇〇万円しか得られないと確定した後は、直ちに本件残代金の支払方法について原告に協議の申入をなし、融資を受けられない部分の支払方法について具体的な提案をなした。これに対し、原告は、本件売買契約当時金四〇〇〇万円全額の融資が確実である旨の保証を被告会社に与えておきながら、本件仮登記の抹消に予想外の時日を費した結果、金融状勢が変化して右融資を受けることが困難となったことを知るや、これを奇貨として、本件土地建物の価格高騰による利益を得ること等を目的に本件売買契約を解消すべく企図した。そして、原告は、被告会社の右協議の申入れに応ずる義務がありながらこれに全く応じなかったのみならず、本件残代金のほか当初の約旨に存しない利息等の支払を要求し、右弁済期の到来前に債務の本旨に従ったとはいえぬ履行の提供をなした上、その履行遅滞を理由に契約解除の意思表示をなして急遽本件建物の明渡等を求める本訴を提起したものである。

してみると、原告のなした本件売買契約の解除は、信義誠実の原則に悖る行為というべく、権利の濫用としてその効力が生じないものといわねばならない。

6  以上によれば、原告と被告会社との本件売買契約は有効に存続していることとなるから、右契約が解除されたことを理由とする原告の被告会社に対する請求は失当である。

また、被告金が昭和四七年一二月九日以来本件建物を占有していることは当事者間に争いがないが、被告会社代表者朴成卓本人の供述によると、被告金は同日被告会社から本件建物を賃借したことが認められる。従って、被告金は、本件建物を占有する正権限を有しているものというべきであるから、原告の同被告に対する請求も理由がない。

二  反訴請求についての判断

1  本訴請求について判断したとおり、被告会社は昭和四九年八月一七日履行遅滞に陥ったが、原告の被告会社に対する本件売買契約解除の意思表示は無効であり、右契約は有効に存続しているから、被告会社は、同契約に基づき金四〇〇〇万円及びこれに対する履行遅滞の日の翌日である同月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払と引換えに本件土地建物の所有権移転登記手続をなすことを求める権利がある。

2  《証拠省略》によると、被告会社は、原告に対し、「被告会社は、昭和五一年四月七日午前一一時横浜地方法務局において本件残代金元利合計金四五三九万五八二五円を支払うので、原告はこれと引換えに本件土地建物の所有権移転登記手続をせよ。」との同年三月二九日付の内容証明郵便を発し、同書面は遅くとも同月三一日原告に到達したこと及び原告は予めこれを拒否する旨の内容証明郵便を被告会社に宛て発したが、被告会社代表者である被告金らは、横浜商銀信用組合振出に係る額面金四五三九万五八二五円・振出日同年四月六日の持参人払式小切手を持参して右指定の日時に指定の場所に赴いたところ、原告関係者は出頭しなかったことが認められる。

本件残代金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和四九年八月一八日以降昭和五一年四月七日まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の合計額は金四三九三万四四二六円(円未満は四捨五入)であるから、被告会社のなした右弁済の提供は債務の本旨に従ったものというべく、これにより、同被告は、債務不履行による責任を免れ、前記1の遅延損害金支払の義務は同日消滅したこととなる。

3  よって、原告は、被告会社から金四三九三万四四二六円の支払を受けるのと引換えに、本件土地建物につき昭和四七年一二月九日売買を原因とする所有権移転登記手続をする義務があるところ、同被告は、これを上廻る金四五三九万五八二五円の支払と引換えに右登記手続を原告に請求しているので、被告会社の原告に対する反訴請求は、これを正当として認容すべきものである。

三  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、被告会社の原告に対する反訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸清七 裁判官 三宅純一 山口博)

〈以下省略〉

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